概要
安永9年に開かれた都内最古の富士塚であり、元は水稲荷の境内に所在した。水稲荷は、富塚という高台に藤原秀郷が稲荷を祀ったことが縁起とされ、元禄年間に大椋の下から霊水が湧出して以来、水稲荷の称号を得たとのことである。この富塚は古墳の再利用であったとみられるが、昭和38年に水稲荷は早稲田大学との土地交換により現在の甘泉園の一画へ移転し、富塚は消滅した。その場所は早稲田大学9号館のあたりであり、西側の小園地に案内板が建てられている。形状は円墳または前方後円墳であったと推定される。

安永9年に開かれた都内最古の富士塚であり、元は水稲荷の境内に所在した。水稲荷は、富塚という高台に藤原秀郷が稲荷を祀ったことが縁起とされ、元禄年間に大椋の下から霊水が湧出して以来、水稲荷の称号を得たとのことである。この富塚は古墳の再利用であったとみられるが、昭和38年に水稲荷は早稲田大学との土地交換により現在の甘泉園の一画へ移転し、富塚は消滅した。その場所は早稲田大学9号館のあたりであり、西側の小園地に案内板が建てられている。形状は円墳または前方後円墳であったと推定される。
| 所在地 | 東京都新宿区西早稲田1丁目 早稲田大学 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
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