概要

上矢部町富士山古墳は、墳丘の径25mほどの円墳である。瀬谷区三ツ境付近を源流とする阿久和川が柏尾川に合流する付近の丘陵上に営まれている。その標高はおよそ50mあり、北東丘陵裾には「富士山 正福寺」がある。発掘調査は、上矢部町富士山古墳調査団により平成元年8月より翌年の9月まで、数次にわたって断続的に行われた。墳丘は頂が大きく削られ、東側がくずれていて本来の形を保っていません。埋葬施設も残っていません。しかし、墳丘の西側から南側にかけて、幅2mほどの「周溝」とよばれる溝が掘られており、墳丘の斜面から溝底にかけて多量の埴輪が掘り出された。この古墳は、埴輪の特徴から西暦550年前後につくられ、この地域の有力者を埋葬したものと推定される。掘り出された埴輪には、4体の盾持人物埴輪をはじめ、馬形埴輪、鳥形埴輪などの形象埴輪と20個体を超す円筒埴輪がある。このほか、かけらがたくさんある。盾持人物埴輪は、いずれも半身像で、手足の表現がない。墳丘の西側に集中して出土した。中央の埴輪の高さは80.7cmある。盾に着けられた模様はそれぞれ違っている。中央の人物の頭が壺や甕の口のように開いている(開口頭部)。両端の人物は、頭の頂きに棒状のものが付く庇のない帽子をかぶっている。左端の帽子には細い帯のようなものが表現されている。 横浜市ふるさと歴史財団埋蔵文化財センターより抜粋・一部改

基本情報

所在地神奈川県横浜市戸塚区上矢部町
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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