概要
全長約32m、後円部径約24m、高さ約4m、前方部前端幅約8m、高さ約1.5mの前方後円墳。 未発掘のため築造年代は不明だが、帆立貝式とも異なる小さな前方部を持つ墳形や規模から、東京都狛江市の亀塚古墳(5世紀後半)や東方向に前方部のような高まりがある綱島古墳(5世紀後半)と類似しており、同じ年代の可能性もあるとみられる。 古墳は「富属彦命」(とつぎひこのみこと)の墓とされ「冨塚」と呼ばれ、「戸塚」の地名の由来とも伝えられている。

全長約32m、後円部径約24m、高さ約4m、前方部前端幅約8m、高さ約1.5mの前方後円墳。 未発掘のため築造年代は不明だが、帆立貝式とも異なる小さな前方部を持つ墳形や規模から、東京都狛江市の亀塚古墳(5世紀後半)や東方向に前方部のような高まりがある綱島古墳(5世紀後半)と類似しており、同じ年代の可能性もあるとみられる。 古墳は「富属彦命」(とつぎひこのみこと)の墓とされ「冨塚」と呼ばれ、「戸塚」の地名の由来とも伝えられている。
| 所在地 | 神奈川県横浜市戸塚区戸塚町 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
八幡宮の社殿奥に鎮座する天満宮から山道を辿れば、古墳の墳丘に到達する。後円部に立つ富塚之碑が目印となり、整備された円形の盛り上がりは容易に特定できる一方、前方部の存在は不明瞭である。後円部からの比高差から判断すると、東方に延びる低い高まりが前方部と推定される。古墳の東側には遊歩道が開設されており、八幡宮東の電気店脇の民家入口に見えなくもない道がその取付口となっている。