概要

岡山市の東、操山一帯に4世紀から7世紀にかけて造営された古墳群で、120基以上の古墳が確認されている。 主な古墳は以下 金蔵山古墳(30号)金蔵山山頂に4世紀後半から5世紀初に築造された全長165m、後円部高さ18mの前方後円墳である。詳細については以下を参照。 http://kofun.info/kofun/2133 萩の塚古墳(9号)操山山頂より150mほど東にのびた稜線に築かれた径10m、高さ2.5mと推定される円墳で、横穴式石室は全長8.2m、幅1.9m、高さ1.9mの規模である。 旗振台古墳(14号)瀬戸内海を望む尾根に5世紀後半に築かれた方墳で、1辺27m、高さ4mの墳丘規模、竪穴式石室である。葺石、埴輪があったとみられる。 八畳岩古墳(19号)操山の主稜線上に6世紀後半に築造され径15m、高さ3mの円墳と推定されるが、現状は横穴式石室の石材が露出している。規模全長9m、玄室長5.5m、幅1.6m、高さ1.6mである。 二股古墳(24号)山塊の山腹に6世紀末から7世紀初に築造され径10m、高さ3mの円墳と推定され、石室は玄室が二つに分かれ主室は長さ5m、幅1.5m、高さ1.7m、脇室は長さ4.5m、幅1.2m、高さ1.3mの規模である。 沢田大塚古墳(40号)金蔵山の北東尾根に6世紀後半に築造され径25mの円墳と推定され、石室は全長6.4m、玄室は長さ4.8m、幅2.8m、高さ3.2mの規模である。

基本情報

所在地岡山県岡山市中区沢田
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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みんなの口コミ

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  • guest2024/06/13

    **1. 操山北麓古墳** 6世紀後半、操山から東へ150メートル離れた場所に築かれた円墳。横穴式石室を備え、全長8.2メートル・幅1.9メートル・高さ1.9メートルの規模を持つ。この地域の有力者一族の埋葬地だったと見られている。 **2. 旗振台古墳** 瀬戸内海を見下ろす尾根上に立つ方墳。5世紀後半の築造で、一辺27メートル・高さ4メートル。当時の吉備国を支配していた豪族の重要な配下が眠る。竪穴式石室と両脇の粘土槨で構成されている。 **3. 沢田後山古墳** 旗振台から北東300メートルの尾根に南向きで築造。横穴式としては中規模だが、玄室は5.8メートル、玄幅1.6メートルで、入口の低さ(0.8メートル)が特徴。状態も良好に保たれている。 **4. 八畳岩古墳** 石室の巨大な天井石が名前の由来。6世紀後半築造、直径15メートル・高さ3メートルの円墳だったと考えられている。北の有力層の家族墓で、左袖形の9メートル石室は中規模級。墳丘大部分は消失している。 **5. 二股古墳** 二つの玄室を持つ横穴式石室墳は、大家族埋葬の証拠。6世紀後葉から7世紀初頭の築造

  • guest2013/12/25

    岡山駅からレンタサイクルで出発し、里山センタのガイドマップを手に複数の古墳を巡った。旗振台古墳へ向かう道中、ガイドマップにない開口石室と遭遇し、その後も記載されていない山道で何度も迷いながら、ようやく到達した展望台状の遺構は標識がなければ古墳と気づきにくい。沢田裏山古墳の羨道は埋没し玄室へのアクセスは不可だが、周囲に散在する石材の正体が古墳由来なのか判然としない。八畳岩古墳は露出した石材が小型石舞台の様相を呈し、その下にも未掲載の開口石室が存在する。二股古墳は分岐した石室構造を持ち、この古墳下にも複数の開口遺構が認められる。ガイドマップの外にある古墳群の存在が、この地域の遺跡分布の複雑さを物語っている。