概要

高原町の日守地区及び隣接する都城市高崎町仮屋尾地区に跨る、標高200m前後の緩やかに北に傾斜する台地上に造られている。時期は5世紀後半~6世紀前半。現時点で30基近く確認されているが、未調査部分も多く総数は不明。 昭和44年の九州縦貫自動車道建設に伴う遺跡分布調査で道路法面に6基の開口を確認した。 昭和54・55年の採土作業中に計8基の地下式横穴墓が発見された。発掘調査により、玄室内において束柱や棟木の彫刻や彩色線文・シラスを敷き詰めた屍床、等の遺構が確認された。また、遺体に対する塗朱が見られた。遺物は、鉄鏃や剣等の鉄製品の他、貝輪等が確認された。 昭和56年、前述の8基が確認された東側の台地の一番高所で確認調査を実施したところ、10基の地下式横穴墓(竪坑のみ確認)が確認された。 平成9年1月、道路を挟んだ南側で2基発見された。調査の結果、うち1基から蛇行剣が出土した。さらに同年8月、天理大学による電気探査調査が行われ、昭和56年調査区で確認されたものを含め13基の空洞等を示す異常応答が、その東側の畑で1基の異常応答が確認された。 その他、平成27年2月にも発見され、発掘調査が行われた。 (参考文献)高原町教委 1999「高原町埋蔵文化財発掘調査報告書」他

基本情報

所在地宮崎県西諸県郡高原町大字後川内字日守10-1外
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
-

みんなの口コミ

0

口コミはまだありません。