概要

炭床川の北岸、標高196mの丘を中心に分布している地下式横穴墓群。昭和62年、丘の西斜面での圃場整備工事中に次々と地下式横穴墓が発見されたため、工事を中断の上発掘調査を実施、2度の調査で最終的に72基の地下式横穴墓群と土坑2基・土器群2群が検出された。未調査の丘の東側にも多数存在すると考えられる。 地下式横穴墓は、方形の竪坑を持ち、玄室につながる羨道は板や川原石で閉塞していた。玄室は片袖や両袖、玄室の平面型式は方形や長方形・楕円、天井型式は切妻や寄棟造の家型・アーチ等多種存在する。玄室内は、赤色顔料を塗布あるいは垂木等の線画、棟木等のレリーフ等が見られた。 出土遺物は、剣や直刀・鉄鏃・刀子・ヤリガンナ・鉄斧・方形鍬先・毛抜状鉄器・貝輪・鉄輪・玉・櫛・朱玉があるが、ヤリガンナや鉄斧・毛抜状鉄器・貝輪・鉄輪・玉・竪櫛・朱玉の出土数は少ない。剣・直刀・鉄鏃・刀子の組み合せが大半で、剣と直刀には木製の把緑装具等を持つものが多い。鉄鏃は最も多く出土し、圭頭・柳葉2段逆刺の柳葉、長頸等がある。その中で圭頭鏃の出土率が高い。また、圭頭鏃の鏃身部に線状の刻印のあるものが見られる。 また、埋葬人骨は72基中23基で76体出土した。性別は、成人は男性34体・女性24体・不明7体、幼小児11体。男性が多く埋葬される傾向にある。 高原町教委 1991「立切地下式横穴墓群」

基本情報

所在地宮崎県西諸県郡高原町大字後川内字立切
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
-

みんなの口コミ

0

口コミはまだありません。