概要

標高約100m、可児川と久々利川に挟まれた丘陵西端の裾部に立地。古墳名は、かつて墳丘上に熊野社が建っていたことに由来する。南北約17m・東西約16m、高さ約3.5mの規模をもつ円墳で、墳丘上部が失われ、石室の天井部が露出している。築造当時の墳丘は直径約30m・高さ約5mと推定されている。埋葬施設は南西方向に開口する片袖型の横穴式石室で残存全長13.32m、玄室部長さ4.49m・最大幅2.1m・高さ2.84m、玄室天井部には巨大な1枚岩が使用されている。出土遺物は金銅装大刀や鉄鏃、刀子、土師器、須恵器など。7世紀前半の築造。県指定史跡、1957(昭和32)年指定。(現地案内板)

基本情報

所在地岐阜県可児市広見
築造時期時期不詳
墳丘形状円墳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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みんなの口コミ

4
  • Guest2016/04/15

    地元の許諾を得た上で内部の調査が可能となり、奥壁上部の積み替え痕跡と袖石二段目までの天井構造が確認された。

  • Guest2016/04/15

    東側の道を越えた先には、かつての墳丘がその痕跡を留めており、相当な規模を誇っていたと考えられる。

  • Guest2016/04/15

    可児市役所の郷土歴史館に足を運べば、この古墳から発掘された品々を間近に見ることができる。

  • Guest2014/06/21

    古墳の規模や価値を守るためか、有刺鉄線による厳重な保護が行われている。