概要
昭和34年に発見された古墳群であり、上野山の東斜面に奥壁石のみの状態で4基の古墳が現存する。古墳時代終末期の古墳と推定される。 (南陽市教育委員会『南陽市遺跡分府調査報告書2』2015年3月) (南陽市教育委員会『南森測量調査報告書(古墳推定値に関する調査)』2017年3月) (南陽市教育委員会『南陽市遺跡分府調査報告書9』2021年3月) 山形県遺跡番号:213-068

昭和34年に発見された古墳群であり、上野山の東斜面に奥壁石のみの状態で4基の古墳が現存する。古墳時代終末期の古墳と推定される。 (南陽市教育委員会『南陽市遺跡分府調査報告書2』2015年3月) (南陽市教育委員会『南森測量調査報告書(古墳推定値に関する調査)』2017年3月) (南陽市教育委員会『南陽市遺跡分府調査報告書9』2021年3月) 山形県遺跡番号:213-068
| 所在地 | 山形県南陽市上野字狸沢山 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
南陽市教育委員会が2015年3月に刊行した遺跡分布調査報告書によれば、当該古墳群は雑木林や民有の果樹園といった土地に所在している。