概要
標高105mの石塔山山頂に立地する直径約15mの円墳。埋葬施設は墳丘中央部に築かれた竪穴式石室で、長さ約3.5m・幅約0.85m・深さ約1m、室内から赤色顔料が塗られた男性人骨のほかガラス玉や鉄剣などが出土した。古墳時代中期の築造。市指定史跡、1965(昭和40)年指定。(現地案内板)

標高105mの石塔山山頂に立地する直径約15mの円墳。埋葬施設は墳丘中央部に築かれた竪穴式石室で、長さ約3.5m・幅約0.85m・深さ約1m、室内から赤色顔料が塗られた男性人骨のほかガラス玉や鉄剣などが出土した。古墳時代中期の築造。市指定史跡、1965(昭和40)年指定。(現地案内板)
| 所在地 | 岡山県井原市大江町 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
雑木林をかき分けて登るルートと公園側からのアプローチの両方が存在するこの古墳は、内部に保存状態の良い竪穴式石室を備えており、実際に石室内部を探索できる貴重な遺跡である。
迷いの連続だった。目指した古墳は霞んだまま、気がつけば木田古墳の領域へ。引き返しながら片っ端から探ったが、暗雲が立ち込める中では所詮徒労に終わった。管理側の不備を呪いたくなる気持ちもわかるが、それより先人たちの綿密な踏査に頭が下がる思いだ。次は万全の準備で臨む。
石搭山古墳への道は木田古墳からの尾根伝い、わずか200mの距離だった。冬の静寂に包まれた現地は、夏の訪問時とは打って変わっていた。あの時は草に覆われた開口部の狭さに、カメラを無理矢理突っ込んで撮影したのに、今は簡単に身体が通るほど広い。古墳マップの記録を確認しても変わった痕跡はなく、季節による錯覚と近頃の複数古墳訪問による感覚麻痺だと気づいた。竪穴式石室の構造を初めて理解した時の違和感は消え、目の前にある完全に保存された石室の形態は、岡山県内でも稀有な存在ではないかと感じられた。
GPS片手に笹薮を掻き分け、ようやく辿り着いた頂上に現れたのは黒く口を開けた穴だった。石室の内部を確認したいと思い、カメラを突っ込んで撮影する。画面に映った古墳の胎内は、千年以上の時を刻んでいた。