概要
標高約40mの台地上に立地する円墳。直径約40m・高さ約3m、周溝を備える。埋葬施設は粘土槨で直刀や土師器などが出土した。5世紀前半の築造。区指定史跡、1979(昭和54)年指定。

標高約40mの台地上に立地する円墳。直径約40m・高さ約3m、周溝を備える。埋葬施設は粘土槨で直刀や土師器などが出土した。5世紀前半の築造。区指定史跡、1979(昭和54)年指定。
| 所在地 | 東京都世田谷区成城1-10-1 世田谷区立砧中学校内 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
校舎に囲まれた4号墳は、かつての古墳群の面影を留める数少ない遺構であった。フェンスに守られた南側のマウンド、校庭北側に残る3号墳とみられる隆起、そして校内の花壇で出会った先生からの許可という、現代と歴史が交錯する見学となった。径37mながら高さわずか1.5mの低平な盛土は、遠望では地形の起伏に埋没し、その実態を明かさない。それでも群内では有数の規模を誇るこの古墳の存在は、かつてこの地に営まれた権力の跡を静かに物語っていた。とりわけ、都内唯一の65m前方後方墳たる7号墳が消滅した現在、4号墳の保存の重みはより一層深まったのである。