概要

衛守塚2号墳は明治12年3月に掘り起こされ、割竹型木棺をはじめ櫛・弓などが出土し東京国立博物館で保管されている(上遠矢塚古墳調査報告書 天童市 上遠矢塚古墳調査団 1978年11月1日より)。木柵が墳丘を囲んでいたた5世紀後半の古墳(やまがたの古墳とその時代 山形県立うたむき風土記の丘考古資料館 1999年10月)。かつての遺跡があった場所に看板が立っている。衛守塚古墳第4号墳と七浦狐山古墳第2号墳から出土した石棺は、復元石棺として吉祥院千手堂敷地内で保存されている(石棺復元之辞(復元石棺の前に設置されている碑)より)。 山形県遺跡番号:201-076

基本情報

所在地山形県山形市大字千手堂
築造時期中期
墳丘形状円墳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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みんなの口コミ

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  • Guest2023/07/23

    発掘当時の記録がほとんど残っていないため、実態が謎に包まれている。出羽大谷幼稚園の建設に伴う調査でも有意義な発見はなく、本来の古墳の領域は別の場所にあった可能性が高い。隣接する小学校や工場の敷地まで調査範囲を広げていれば、埋もれた痕跡が明らかになっていたのではないかと推測される。

  • Guest2021/05/09

    吉祥院千手堂に保管されていた石棺の由来を調査する中で、衛守塚古墳に由来するものであることが判明したのである。古墳群そのものは現存しないが、かつての2号墳の所在地には今なお説明看板が設置されている。