概要
古墳時代後期~終末期の横穴墓群。道安寺裏山斜面に総数100基以上の横穴が存在すると推定されている。昭和40年代に39基が調査され、勾玉や管玉、直刀、土師器、須恵器などが出土した。一部の横穴は13世紀頃に信仰の場所として再利用されていたようである。

古墳時代後期~終末期の横穴墓群。道安寺裏山斜面に総数100基以上の横穴が存在すると推定されている。昭和40年代に39基が調査され、勾玉や管玉、直刀、土師器、須恵器などが出土した。一部の横穴は13世紀頃に信仰の場所として再利用されていたようである。
| 所在地 | 宮城県宮城郡利府町菅谷 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
筑波山麓は宮城県の関東系土師器の起源地だとされているが、興味深いことに成分分析でその真相が見えてくる。筑波周辺の土には白雲母と黒雲母が含まれるのに対し、宮城県出土の同形態の土器からはこれらが検出されない。つまり関東の技術者たちが現地に移住後、地元の粘土で従来の製法を継承していたということになる。では利府の土師器も同じ過程を辿ったのか、それとも別の経路をたどったのか、その痕跡を鉱物組成から読み解けるかもしれない。
古墳時代後期末から終末期にあたり、年代は6~7世紀前半。大化以