概要
木曽川右岸の台地先端部に立地。全長約120mの前方後円墳。後円部径72m・高さ10m、前方部幅66m・高さ7.8m、3段築成で葺石・埴輪を備える。周囲には幅16~24mの濠がめぐる。埋葬施設は後円部中央に構築された竪穴式石槨で長さ5m以上と推定されているが、明治期に盗掘(発掘?)され、大きく破壊されている。出土遺物は勾玉や管玉、琴柱形石製品など。4世紀末~5世紀初頭の築造。 県指定史跡、1957(昭和32)年指定。 国指定史跡、2024(令和6)年指定。 (現地説明板)
木曽川右岸の台地先端部に立地。全長約120mの前方後円墳。後円部径72m・高さ10m、前方部幅66m・高さ7.8m、3段築成で葺石・埴輪を備える。周囲には幅16~24mの濠がめぐる。埋葬施設は後円部中央に構築された竪穴式石槨で長さ5m以上と推定されているが、明治期に盗掘(発掘?)され、大きく破壊されている。出土遺物は勾玉や管玉、琴柱形石製品など。4世紀末~5世紀初頭の築造。 県指定史跡、1957(昭和32)年指定。 国指定史跡、2024(令和6)年指定。 (現地説明板)
| 所在地 | 岐阜県各務原市鵜沼羽場町5丁目 |
|---|---|
| 築造時期 | 前期 |
| 墳丘形状 | 前方後円 |
| 墳長 | 120m |
| 後円部 | 径径72m 高10m |
| 前方部 | 幅66m 長51m 高7.8m |
| 出土品 | 【石製模造品】①勾玉4・管玉8・臼玉13 ①斧1・刀子1 |
| 棺 | - |
埋葬施設は竪穴式石室で割竹形の木棺が安置されていたと推定されている。以前見つかった蓋石と残っていた蓋石を合わせると5枚の蓋石が見つかっている。墳長120mは岐阜県では昼飯大塚古墳に次ぐ第二位の大きさ。第5次調査が令和元年に実施されいったん発掘は区切りとのこと。
2017/9/30に現地説明会あり。棺の安置場所である石槨の大きさについて「少なくとも長さ6メートル、幅1.5メートルあり同時代の古墳としては大型だった」と発表された。
2015年度に市の調査が行われ後円部の北側約30平方メートルを発掘。蓋石と思われる長さ2.7m、幅1.3mの推定3トンの石を発掘。素材はチャートとのこと。赤く塗られたつぼ型埴輪の破片も見つかった。
坊の塚は墓荒しにあって墓財宝を盗まれてるらしい。盗財の犯人は東京で豪邸に住んでいるって墓守のおじちゃんが教えてくれた(´-ι_-`)
後円部の頂上にはお社が祀られていた。前方部には神仏の石碑が無造作に置かれている。住宅地の太めの道で路駐した。案内板とは別の場所に上り口がある。