概要

かつては数十基群集する古墳群だったという。現在は多くが田んぼの整理で消滅した。7世紀の築造。標柱に「円方墳上」とある。

基本情報

所在地宮城県加美郡加美町字原町桜壇
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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みんなの口コミ

2
  • guest2020/11/28

    白柱が1号なのか定かでない。2号は1号西側というのは推測。3号に至っては全く不明。39号の特定も道路沿いの小遺構なので推定の域を出ない。

  • guest2011/11/03

    中羽前街道を山形県まで足を運んで辿った。路傍に立つ「湯殿山」と刻まれた石碑が数キロ間隔で現れ、おそらく一里塚の証だろう。桜壇古墳は沿道の田圃に鎮座し、前方後方墳の特徴を備えている。薬来山鳴瀬川を眼下に漆沢ダムへ至る。「最上海道」の字面に違和感を覚えたが、海路と陸路の融合をこの名に読むことができる。湯殿山参詣者たちがこの通路を利用していたのは確実だ。ただし沿道には縄文遺跡も散在する。天平9年の開通記が説明板に記されるが、縄文時代すでにこの地は往来の要衝だったのではないか。