概要
この古墳は6世紀頃に造営された横穴式石室を有する古墳であり、石室の規模は長さ5.33m、幅1.6m、高さ1.2mを測り、石室の内部に石棺が収められている。所在地は吉備の中山の東南に位置し、尾上の集落を見下ろす山腹にある。 被葬者については、古墳時代後期における吉備地域の有力者とみられるが、吉備津彦命に敗れた温羅の墓であるとする伝承が存在する。 石棺は播磨国の竜山石を刳りぬいて製作されており、常に清水を満たしている。伝承によれば、石棺内の水量は潮の干満に連動して変化するとされている。蓋石と称される石材は縦半分に割られ、一片がJR備前一宮駅のプラットホームに保管されている。残りの一片の現在地は未詳である。 (現地案内板「吉備の中山を守る会」) ※古墳前の標識表記は「石舟古墳」である。
