概要
甘樫丘から西に伸びる丘陵南斜面に所在する古墳。墳丘は流失しているが、1辺約30mの2段築成の方墳であったことが判明している。埋葬施設は南に開口する横口式石室で、玄室部長さ約7.2m・幅約2.6m・高さ約2.6m。室内には家形石棺2基が安置されている。7世紀中頃の築造で、被葬者として蘇我倉山田石川麻呂などが挙がっている。7世紀末〜8世紀初頭には墳丘の一部が破壊・整地されたようだ。国指定史跡、1927(昭和2)年指定。

甘樫丘から西に伸びる丘陵南斜面に所在する古墳。墳丘は流失しているが、1辺約30mの2段築成の方墳であったことが判明している。埋葬施設は南に開口する横口式石室で、玄室部長さ約7.2m・幅約2.6m・高さ約2.6m。室内には家形石棺2基が安置されている。7世紀中頃の築造で、被葬者として蘇我倉山田石川麻呂などが挙がっている。7世紀末〜8世紀初頭には墳丘の一部が破壊・整地されたようだ。国指定史跡、1927(昭和2)年指定。
| 所在地 | 奈良県橿原市菖蒲町 |
|---|---|
| 築造時期 | 7世紀中葉 |
| 墳丘形状 | 方墳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | 刳抜式家形石棺2 |
甘樫の丘は蘇我蝦夷・入鹿の居住地とされており、推定築造時期は乙巳の変(645年)と近い7世紀半ば。石棺が2基あることから、この2人の被葬者という説は考えられないか。当時は怨霊を恐れ丁重に葬ったとも考えられる。
2017年9月2日の小山田古墳説明会に合わせて扉が開いていた。石室内の水は保存のため一定量を維持しているとのことだった。
橿原市と明日香村の境付近の丘上にある。盲学校前の大きな道路に駐車スペースが十分ある。