概要

3基からなる古墳群の1号墳である。 1960年に発掘された前方後円墳である。古墳の規模は、墳長約45m、後円部径約28m、同高約4.5m、前方部長18~19m、同高約3m、後円部頂が前方部頂より1.5m高くなっている。前方部前面は、左隅角に対して右隅角が南に張り出す曲型的な「緩隅角」の形状を呈している。 後円部からは埋葬施設として木棺礫床が検出され、中国製の盤龍鏡と、蛭鎌・板状鉄斧・勾玉・ガラス小玉・土師器の二重口縁壺が出土した。前方部からも箱式石棺が検出されたが、遺物は発見されなかった。二重口縁壺の製作年代から、古墳築造時期は4世紀前半と推定される。本古墳は、山入川流域に本拠地を置き、香々美川・郷川地域一帯を配下に置いた首長の墓と考えられる。 (現地案内板)

基本情報

所在地岡山県苫田郡鏡野町土居
築造時期前期
墳丘形状前方後円
墳長45m
後円部径径28m 高4.5m
前方部幅16m 長17m 高3.5m
出土品【鏡】①龍虎鏡1【玉類】①小玉若干①勾玉1(材不明)【農工具等】①短冊形鉄斧1・手斧1・刀子1【土器】①壺1・他に1点あり【その他】②乱掘の際、副葬品多数が出土したと伝えられる。
①割竹形木棺(推定)

みんなの口コミ

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  • Guest2016/10/22

    大野公民館を起点に県道を100m進み、丘陵側の山道へ進入する。約100m余の登山で古墳跡に到達する。本古墳は前方部を南西に配置する前方後円墳である。後円部頂上の平坦地は約10m規模で、東側に石製社殿が現存している。記録高は4.5mであるが、現地での体感値は上回る。後円部の卓越した規模に対して、前方部は相対的に狭小である。