概要

遺跡は須川右岸の自然堤防上に立地する。昭和14・19年に遺跡東側のため池掘削の際、箱形石棺2基が出土し、隣接する敬念寺境内に復元・保存されている。昭和58年春から須川河川改修工事が実施され、工事中に多数の土器片および箱形石棺の一部が発見されたことを契機として、現地調査が行われた。調査により箱形石棺1基、竪穴式住居跡9棟、溝跡1基が確認された。 遺跡の時期は、縄文時代(遺跡散布地)、古墳時代末期(墳墓)、奈良~平安時代(集落跡)にわたる複合遺跡と推定される(山形県埋蔵文化財調査報告書第84集 分布調査報告書11 山形県教育委員会 1984年)。 2021年時点において、去手呂古墳群と推測される場所はサッカーグランドとなっており、敬念寺は地図上に存在し建物等が認められるが、門の表札は確認されない。 山形県遺跡番号:201-087

基本情報

所在地山形県山形市志戸田
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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